―引きこもりと自傷行為―
■元気な中高年と生気のない20代の若者
先日、岡山大学医学部の4年生に対し、非常勤講師としてメンタルヘルスの講義をしてきました。教壇に立ち、まず「皆さん、こんにちはー!」と第一声。しかし、100人近くいる学生からは元気のない「こんにちはー」という小さい声のみ。半分以上の学生の目に生気はなく、講義中に携帯のメールを打っている学生もいる始末(もちろん思いきり叱りましたが...)。
後で教授から「最近の大学生はあんなもんですよ」と言われ、愕然としました。私の予備校の浪人生の方がはるかに元気があって目が輝いている。
競争をさせない日本の大学は、勉学目的が明確であるはずの医学部の学生でさえ堕落させているのでしょうか。
私は、よくいろいろな講演会に呼ばれますが、中高年対象のメンタル講演会では私の一言一言に反応があり、終了後も質問がやみません。
精神的には中高年の方が20代の若者よりはるかに元気です。
■生きる目的を失った若者
日本は、高齢化が加速し老人の国になってしまうと懸念されていますが、私は、今の若者の方が心配です。20歳を過ぎて、なんの仕事にもつかず怠惰な生活を送っている若者は相当数に上ると考えられます。
ある21歳の若者が、両親に連れられて当院を受診しました。高校を卒業後、アルバイトを転々、どの仕事も数日と続かず、結局、いわゆる引きこもりとなり家でゴロゴロしているというのです。
―将来の夢とか、してみたいことは?
何もありません。(うつむいたままで目を合わそうとしません)
―今までの人生で楽しかったことは?
何もありません。(この言葉を発するまでに2~3分かかりました)
―毎日、家で何をしているの?
何もしてない。ただボーっとしているだけ。
―退屈でしょう?
外に出て嫌な思いをするよりはいい。
―友達は?遊びに行ったりしないの?
前はいたけど、今はメンドクサイ。(やっと感情を出し始めました)
彼は、親とも会話をすることなく、外出も3日に1度コンビニに買い物に行く程度。何が彼を今のような状況にしたのでしょうか?
■分裂する自分
子供は、思春期をむかえ、親とは違う価値観をもった自分(自我)を意識し始めます。親に守られているという居心地のいい環境から、他人(特に自分と同世代)との関係で自分を保たなければならない環境への変化の過程で、『ついていく自分』と『ついていけない自分』、『まわりに合わせる自分』と『合わせない自分』を意識します。そして、自分が分裂するのではないかという不安を経験し、分裂しないために「ホンネ」と「タテマエ」をうまく使い分け、自分に折り合うようになります。
ところが、この折り合いに失敗してしまうと、『ついていけない自分』と『合わせない自分』が残り、「自分の居場所がない」と思うようになるのです。
■「居場所がない」女子高生
最近、自傷行為をする女子高生が増えています。決して死のうと思っているわけではありません。彼女たちにその理由を聞くと「自分を傷つけないと自分が消えてしまいそう。自分がなくなってしまう。」という答えが返ってきます。
「学校にいても友達の中に入りこめない。家では親は自分の心の中を少しも理解してない。誰にも弱音を吐けない。心が落ち着かない。何かしたくても何もできない。だから自分を傷つけると、痛いけど自分を感じてホッとする。」
彼女たちの悲痛な叫びを理解できるでしょうか?
(注:診察室での会話は一般的なものに変えてあります)
